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徳蘭修女智慧語録

 

日本キリスト教団

東京台湾教会の歴史

   

 

   

日本キリスト教団東京台湾教会のご紹介

主の御名をほめたたえます。今日当教会を代表して、東京台湾教会の歴史についてご紹介します。

東京台湾教会は意外なところから誕生しました。はじめ東京に教会を設立することなど、誰も考えていませんでした。1925年ごろ、15名から20名ぐらいの台湾留学生が定期的に日曜の夜に、東中野にある顔春芳氏の自宅にて集まり、聖書を読み、賛美をしていました。次第に劉振芳氏・呉克昌氏2名の神学生によって、台湾語によるメッセージの礼拝が行われるようになりました。それから何とか固定した場所で礼拝できるところはないか捜し始め、1927年秋、明治学院の教室を借りて集会をし、集会時間も固定して毎週日曜午後2時から5時になりました。名称は正式に「東京台湾キリスト教青年会」とし、東京エリアにいる台湾の留学生の信仰の向上と生活の世話が得られるように期待しました。ここに東京台湾教会の雛型が芽生え、大きな一歩を踏み出しました。これはひとえに計り知れない神様の御旨と恵みの賜物です。

 それからの50年間は、固定した集会場所がなく、あちらこちらに場所を借りました。角筈の日本キリスト教会、柏木教会、阿佐ヶ谷教会、聖三一堂教会、飯田橋にあるルーテルセンターなど。この間決まった牧師による牧会もありませんでした。ただ1934年から1940年の間、初任の郭馬西牧師の安定した牧会の時期がありました。それ以外の期間は東京にきた神学生による礼拝と活動でした。さらに1940年代発生した2回の世界大戦で戦時動乱および戦後の物資欠乏の時期では、安定した集会がなかなか難しく、集会人数の変動も著しいものでした。

 1950年代になると、当教会は続けて陳光輝牧師、劉振芳牧師、蔡一信牧師を招聘し、教会はやっと安定するようになりました。1970年に渋谷でマンションを購入し、1975年に日本キリスト教団に加入しました。1976年に現在の荻窪に土地を購入して教会堂を建築開始。ここにきて、教会は全く新しいな時代に入り、もはやあちらこちらに場所を借りて彷徨うことなく、神様の豊かな恵みと導きをはっきりとうかがえます。

 1977年に献堂して30年余年、当教会と日本キリスト教団とはずっと密接な宣教交流があります。またこの間、渋谷の聖ヶ丘教会の大きな支援を受けてきました。当教会と母会である台湾基督長老教会とも具体的な宣教目標を共有し、続けて池袋、川越、千葉等各地に分教会を設立しました。教会は更に聖書を通して信仰を深め、豊かな霊的な生命を育みました。そして在日台湾人の霊的な生命と信仰を気にかけ、社会の援助活動を積極的に参画しました。日本の地において、より尊厳ある台湾人の信仰を築き、日本の社会により多く貢献ができるように期待しています。

 今日当教会の設立90周年の記念式典にあって、今一度神様の大いなる恵み、先人たちの信仰の模範、歴史的な信仰の軌跡をみて、さらなる決心を促されます。神様の恵みと使命の召しを仰ぎみて、教会外観の美化にとどまらず、具体的な、実際のアクションで応じ、神様の恵みが続けてあまねく行き渡り、教会も永続的に成長できるようにしたいものです。

 

本會歴任牧師
1934年〜1940年 郭馬西牧師
1957年〜1959年 陳光輝牧師
1962年〜1969年 劉振芳牧師
1969年〜1978年 蔡一信牧師
1979年〜1988年 蘇慶輝牧師
1988年〜1997年 李約翰牧師
1998年〜      李孟哲牧師

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